その高粘度ディスペンサ、本当に必要?|現場のプロが見抜く選定術

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「なぜ、ここの接着剤だけがはみ出すんだ?」。
そう首を傾げた経験は、ものづくりの現場にいる方なら一度や二度ではないはずです。

液だれ、塗布量のバラつき、忌々しい糸引き…。
これらの問題を解決するために、最新の高価なディスペンサーの導入を検討されているかもしれませんね。
しかし、少しだけ立ち止まって考えてみてほしいのです。
その一台が、あなたの現場の問題を本当に解決してくれるのでしょうか。

こんにちは。
高粘度流体専門のコンサルタント、五十嵐 巧と申します。
元々は時計職人としてミクロン単位の油を扱い、その後、自動車部品メーカーで年間1,200万円ものコスト削減を達成した経験から、一つだけ確信していることがあります。
それは、「高価な機械が、必ずしも良い仕事をするとは限らない」ということです。

この記事を読み終える頃には、あなたは自社の現場に本当に必要な「一台」を見抜くための、たった3つのシンプルな質問を手に入れているはずです。
遠回りに思えるかもしれませんが、この問いこそが、あなたの現場を救う最短ルートになることをお約束します。

そもそも、なぜ高粘度液剤の塗布はこれほど難しいのか?

問題を解決するためには、まず敵の正体を知らねばなりません。
高粘度液剤がなぜこれほどまでに私たちの手を焼かせるのか。
その理由は、彼らが持つ独特の「性格」にあります。

厄介だが味方にもなる「チクソ性」という性質

「チクソ性」という言葉を聞いたことがありますか?
難しそうに聞こえますが、あなたの身近にも、この性質を持つものはたくさんあります。
その代表格が「マヨネーズ」です。

マヨネーズは、容器を逆さまにしてもすぐには落ちてきませんよね。
しかし、一度チューブを押して力を加えると、スッと出てきます。
そして、お皿の上に出した後は、その形を保ったままそこに留まります。
これが「チクソ性」です。
力を加えると粘度が下がり、力を抜くと粘度が元に戻る、実に面白い性質なのです。

この性質は、塗布した後に液剤が垂れないようにするためには不可欠なものですが、同時に塗布量を不安定にさせる最大の原因にもなります。
ディスペンサーで押し出す力の僅かな違いや、止めるタイミングのズレが、そのまま塗布量のバラつきや糸引きとなって現れてしまう。
実に憎らしいほど厄介な性格だとは思いませんか?

見えない敵、「気泡」と「温度変化」

さらに、私たちの目に見えないところにも敵は潜んでいます。
その一つが「気泡」です。
材料をタンクに移す時、ディスペンサーで吸引する時、僅かな気泡が混入することがあります。
この小さな空気が、塗布の瞬間に「プツッ」と弾け、塗布量を狂わせ、接着不良の原因となるのです。

そしてもう一つが「温度」。
多くの液剤は、夏場の朝と昼、冬場とでは粘度が微妙に変化します。
時計の歯車が温度で僅かに膨張・収縮して精度を狂わせるように、液剤もまた、温度という環境の変化に正直に反応してしまうのです。

【私の失敗談】高価なディスペンサーが「宝の持ち腐れ」になる3つの罠

実は私自身、独立当初に手痛い失敗を経験しています。
完璧な精度を追い求めるあまり、非常に高機能で高価なディスペンサーシステムを開発したのです。
しかし、鳴り物入りで導入していただいた中小企業の現場から返ってきたのは、感謝ではなくクレームの嵐でした。
「高すぎて使いこなせない」「掃除が大変すぎる」。
結局、その契約は半年で解除となりました。

この失敗から、私は「最高の機械とは、最高の『道具』でなければならない」という哲学を学びました。
作り手の自己満足ではなく、使い手の魂に応えられてこそ、初めて価値が生まれるのです。
この経験から見えてきた、高価な装置が現場の負担になる3つの罠をお話しします。

罠1:オーバースペックの罠 – 完璧な精度が招いた悲劇

時計職人だった私は、0.001gの精度にこだわっていました。
そのこだわりが、現場が必要としないレベルの過剰な機能を生み出してしまったのです。
あなたの現場は、本当にそこまでの精度を求めていますか?
その機能のために、法外なコストと複雑なメンテナンスを支払う価値はありますか?

罠2:現場無視の罠 – 「最高の機械」と「最高の道具」は違う

毎日使う「道具」にとって最も重要なのは、日々の使い勝手です。
清掃のしやすさ、材料交換の手間、段取り替えのスピード。
こうした地味な要素こそが、現場の生産性を大きく左右します。
どんなに素晴らしい性能を持っていても、現場の作業者が「面倒だ」と感じる機械は、やがて使われなくなってしまいます。

罠3:材料との対話不足の罠 – 機械と液剤の相性を見誤る

ディスペンサーには、スクリューで力強く押し出すもの、ピストンで正確に体積を計るものなど、様々な方式があります。
そして、液剤にもフィラー(硬い粒子)が入っているもの、糸引きしやすいものなど、様々な個性があります。
この機械と液剤の相性を見誤ると、どんなに高価な装置もその性能を発揮できません。
まるで、性格の合わない者同士を無理やり組ませるようなものです。

参考: 高粘度フィラー

現場のプロが実践する「本当に必要な一台」を見抜く3つの質問

では、どうすれば自社に本当に合った一台を見つけられるのか。
難しく考える必要はありません。
カタログを広げる前に、あなたの現場をじっくりと観察し、次の3つの質問に答えてみてください。

質問1:「何を」「どこに」「どれだけ」塗布したいのか?

当たり前のようですが、これが最も重要です。
目的を明確にしましょう。
例えば、精密基板に0.01g単位で正確に塗布したいのか。
それとも、自動車のパネルに途切れることなく安定した太さで線を引き続けたいのか。
目的が違えば、選ぶべき「道具」も全く変わってきます。

質問2:その液剤はどんな「性格」をしているか?

次に、あなたが使っている液剤と、じっくり対話してみてください。
粘度はどれくらいか。
チクソ性は強いか、弱いか。
中に硬い粒子(フィラー)は入っているか。
まるで自家製酵母でパン生地を捏ねるように、その日の材料の「機嫌」を感じ取るのです。
生地の状態を見極めずに良いパンが焼けないように、液剤の性格を理解せずして、最適な塗布はあり得ません。

質問3:誰が、どのように「毎日」使うのか?

最後に、その道具を使う「人」に目を向けてください。
ベテランの職人さんが使うのか、それとも入社したばかりのパートさんが使うのか。
作業者のスキルレベルによって、許容される操作の複雑さは変わります。
また、一日の生産量はどれくらいで、メンテナンスにどれくらいの時間をかけられるのか。
あなたの現場の「日常」に寄り添えない機械は、やがて厄介者になってしまいます。

結論:一滴を制する者が、品質を制す

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
高価なディスペンサーが、必ずしもあなたの現場を救う万能薬ではないということが、お分かりいただけたでしょうか。

  • 高粘度液剤の難しさは、「チクソ性」「気泡」「温度」という性質にある。
  • 高価な機械も、「オーバースペック」「現場無視」「材料との相性」という罠に陥ることがある。
  • 本当に必要な一台を見抜く鍵は、「目的」「材料」「人」という3つの視点にある。

もし今、あなたが塗布の問題で頭を悩ませているのなら、どうか最新のカタログに飛びつく前に、もう一度あなたの現場と、そこで使われている材料を深く見つめ直してみてください。
答えは、高価な機械の中ではなく、あなたの足元にこそあるはずです。

一滴を制する者は、品質を制すのです。

まぁ、結局は「神は細部に宿る」ってことなんですがね。

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